FUJIBABA

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Webのインターフェイスデザインとディレクションなどをする一児の父。
忘れた頃にたんぶらーデビュー。

 「3度お誘いして、それでも断られたら、もう誘ってはいけない」  それが食事であれ遊びであれ、3度の機会を断るということは、どんな事情を理由にしたところで、あなたのことを好きではない、ということ。それを察知すべし。逆に、自分が付き合いを願う人なら、どれほど多忙でも3度に1度は誘いを受けるよう努めるべし。
「貧乏なのに割高なカップラーメンを食べる」「安かろう悪かろうの商品ばかり使って、結局は損をする」というのも、お金の余裕が心の余裕を奪ってしまうからですよ。「貧乏でも心は豊か」とはなかなかいかないですね。生活を切り詰めれば切り詰めるほどお金がなくなるのは、今思うととても不思議でした

平均的なマイカー(200万円)を購入した場合、年間のコストはいくらなのか。藤川氏に算出してもらった。

 車体の費用200万円を、60回払いのローンで払うとすると、月々3万5000円で年間42万円。駐車場代は月1万円として年間12万円(ただし、都心部なら月3万円は下らない)。これらに加え、車検代(1年あたり7万5000円)、保険料(5万円)や自動車税(3万4500円)は、車に乗らなくても毎月かかるコストだ。

 さらに、ガソリン代、エンジンオイルやタイヤ交換といった整備費用、高速代や外出時の駐車場代がかかる。これらは乗らなければ抑えられる費用だが、平均的にはこれだけで17万6000円。マイカーを維持するためだけに年間80万円以上が消えているのだ。

マイカーにかかる年間80万円があれば、たとえば東京の場合、タクシー初乗り710円なら年間1100回以上、つまり2km以下の近距離なら毎日3回以上も乗れる計算になる。3kmほどをマイカー通勤しているのなら、同じ距離のタクシー料金は1500 円程度。80万円あれば、年間270回乗ってもおつりがくる。これなら平日はほとんどタクシーで通勤できることになる。

 休日に旅行やレジャーで車を使う場合も、レンタカーで十分だ。小型車なら年間100日程度借りることができる。

ともかく、女は強いんです。「でも、しかし……」という切り札を持っているんですよ。そして、負けそうになると、それをパッと出すんです。水戸黄門の印篭みたいにね。男の人にはその印篭がないんです。男は、劣等感の塊の洋服を着ているんです。女には劣等感ありません。たまにかすめるだけですよ。男はね、お風呂屋さんなんかに行くと、「あいつの持ち物でっかいな」と、すぐ白旗上げて降参するんですよ(会場笑い)。背が高い男が来ます。「あいつ背がでっかいな。俺は背が小さくて駄目だ」「あいついい男だな。俺不細工だから駄目だ」と、すぐ下を向いちゃう。男は内向するんです。それが劣等感になって、人の足を引っ張る。ですから、男の世界は「一歩外に出ると、七人の敵がいる」と昔から言われていたのは、男同士の劣等感からくる足の引っ張り合い、嫉妬、つまりこういうものなのです。
(via jinon)

(13py2から)

しかし、今はもう、本当に結婚産業に躍らされて、錯覚ばっかりです。そして、結婚式の時もね、「良い旦那さんになって下さい。良い奥さんになって下さい」ってよく言いますよね。私は結婚式のスピーチを頼まれたら、よく言うんです。「そんなもんになる必要はない。良い旦那、良い奥さんになろうとすると無理がいく。それより、良い人間同士でいるようにして下さい」そうしたら旨くいきます。これが基本なんですね。職場でも、良い上司であろう、良い同僚であろう、良い部下であろうとするよりも、そんな肩書きとかね、記号はどうでもよくって、「良い人間同士で一緒に働きましょう」ってしてると、旨く行くんです。

ですから、良い母親であろう、良い父親であろうとすると、背伸びをすることになる。ところが、「良い人間同士で、この家で一緒に生活していきましょうね」ってすると、旨く行くんですよね。ですから、夫とか妻とか舅とか姑とかは記号に過ぎないから、それに囚われないことです。そんな言葉は辞めちまったほうがいいんです。そんな言葉にとにかく囚われるから、あの橋田寿賀子さんの馬鹿なホームドラマみたいに、「嫁姑だ。鬼嫁だ」と言われるんです。人間単位にすれば、記号に振り回されません。そうすると、みな旨く行きます。だって、「夫」という言葉だってね、場合によって変わるんですよ。子供の前では「父親」なんですよ。お母さんの前では「息子」ですよ。妻の前では「夫」です。電車の中では「痴漢」になるんですよ(会場笑い)。そうです。一人の人間ということは変わらないんですよ。何処でも変わらない。人間単位でものを見るようにする。

(via jinon)

(13py2から)

女の人には劣等感がないっていうのは、一方的に負けないからです。向こうからおっぱいの大きい人が来ても、「羨(うらや)ましいわ。あんな胸してたらね、私なら世界征服できたのに。私なんか洗濯板に干し葡萄だわ。羨ましい。でも、あの人頭悪そう(会場笑い)」それで、ちゃら(相殺)にするんです。決して一方的に負けないんです。向こうから格好の良い背の高い人が来たとします。「あの人すごいわ。ブランドだらけ。靴はシャネル、着ているものはエルメス、凄いわね。みんなブランド。私なんか全部無印よ。でも、あの人きっと売春でもして稼(かせ)いでいるのよ(会場笑い)」向こうから見たところ非の打ちどころのない女が来ます。趣味もいいし、美しいし。「負けたわ。あんな欠点のどこにもない女っているのね。でも、あの人根性は悪そう(会場笑い)」見えるところが完全に負けとなったら、見えないところで欠点を探そうとします。それが女です。とにかくね、「女が弱い」というのは嘘なんです。
(via jinon)

(13py2から)

小田嶋:その辺りの価値観はもう、若い世代には共有されてないと俺は思う。きっと次の版の「広辞苑」では、「武士」の訳語は「社畜」となることでしょう。

―― 武士=社畜。すごい新説が。

小田嶋:だって社畜だもん、あいつら。俺はもう、昔から武士、大嫌いだから。